天皇と古墳

天皇という呼びかたは、1200年ほど前の飛鳥時代の終わりごろから後に使われたものです。
その前は、中国の歴史書の宋書や1500年ほど前の鉄剣や鉄刀、銅鏡には王という文字があります。
王と呼ばれた人がいたことは確かです。
でも、この文字はおうとは読まずにきみと呼んでいたことの方が多そうです。
キトラ古墳は、奈良県明日香村大字阿部山にある直径約14メートルの古墳で、7世 紀末から8世紀初め頃に作られたと推測されています。
墳丘は、阿部山と呼ばれる小 さな山の南斜面にあります。
1983年、テレビカメラによる石室内の調査が行なわれ、玄武の壁画が発見され注目をあびました。
さらに1998年の調査では、新たに白虎像、青龍像、天文図が発見され ました。
2001年3月には、デジタルカメラによる内部撮影が行なわれ、新たに朱雀像が発見されたほか、玄武や天文図はこれまで以上に鮮明な画像が得られています。
さらに、 2001年12月の内部調査では、人物像らしき像が描かれていることも確認され、ますま す注目度があがっています。
古墳の被葬者は不明ですが、石室内に壁画が描かれていることから、王族クラスの人物であることは確実とのことです。
ちなみにキトラという名称の由来は不明ですが、付近の地名であった北浦から来ているのではないかとも言われています。
現在では、国の特別史跡にも指定されており、文化庁が古墳の保存を検討していま す。
保存ためのカメラによる石室内撮影等の予備調査も行なわれています。